損益分岐稼働率の出し方|「何%埋まれば黒字か」を自分の施設の数字で計算する
「今月は何室売れば赤字にならないのか」
この質問に、その場で数字で答えられる宿泊施設のオーナー・支配人は、実はそれほど多くありません。
「先月は現場が回らないほど忙しかったのに、通帳の残高はほとんど増えていない」
「稼働率は悪くないはずなのに、手元にお金が残らない」
こうした感覚のズレは、経営がうまくいっていないから生まれるとは限りません。多くの場合、「自分の施設が黒字になる境界線」を数字で把握していないことが原因です。
決算書を見れば、黒字か赤字かは分かります。しかしそれは、すべてが終わったあとの話です。
本記事では、自施設の数字だけを使って「何%埋まれば黒字か」を計算する方法を解説します。特別な会計知識は必要ありません。電卓ひとつで、15分あれば出せます。
なぜ「何%埋まれば黒字か」に答えられないのか
稼働率は目標ではなく、結果として出てくる数字
多くの施設で、稼働率は「先月は68%だった」というように、月が終わってから振り返る数字になっています。
しかし稼働率そのものには、良いも悪いもありません。同じ稼働率70%でも、単価と費用構造が違えば、黒字の施設もあれば赤字の施設もあります。
判断の基準になるのは「自施設にとっての損益分岐稼働率」です。この一点が決まって初めて、今月の68%が良い数字なのか、危険な数字なのかを判断できます。
「昨年並み」で判断することの危うさ
基準がないと、経営者はどうしても「昨年の同じ月と比べてどうか」で判断することになります。
ここ数年、人件費・水道光熱費・清掃の外注単価は上がり続けています。つまり、昨年と同じ稼働率・同じ単価でも、利益は昨年より減っている可能性があります。
「昨年並みだから大丈夫」という判断が、実際には「昨年並みに売れているのに利益は減っている」状態を見逃してしまうのです。
損益分岐稼働率を出すのに必要な3つの数字
用意するものは3つだけです。難しい会計処理は必要ありません。
①1室泊あたりの平均単価(ADR)
1か月の客室売上を、その月に売れた延べ室数で割った金額です。プランごとの定価ではなく、割引やクーポン適用後に実際に入ってきた金額で計算してください。
②1室泊あたりの変動費
「1室売れるたびに発生する費用」です。売れなければ発生しない費用、と考えると分けやすくなります。
代表的なものは、客室清掃費(外注・パート)、リネン費、アメニティ・消耗品費、そしてOTA手数料です。朝食を提供している場合は食材原価も含めます。
OTA手数料は「単価の何%」という形で発生するため、単価を変えると金額も変わります。ここを固定額で置いてしまうと、後の判断がずれます。
③1か月あたりの固定費
「1室も売れなくても出ていく費用」です。正社員の人件費、家賃・リース料、水道光熱費の基本料金部分、通信費、保守費、保険料、租税公課、借入金の返済利息などが該当します。
厳密に分けようとすると水道光熱費のように中間的な費目が出てきますが、最初は「だいたい固定」で構いません。精度より、まず一度出してみることが重要です。
計算式
この3つが揃えば、次の2ステップで求められます。
- 1室泊あたりの限界利益 = ADR - 1室泊あたりの変動費
- 損益分岐室数 = 月の固定費 ÷ 1室泊あたりの限界利益
- 損益分岐稼働率 = 損益分岐室数 ÷(客室数 × 営業日数)
「限界利益」という言葉が出てきましたが、難しく考える必要はありません。1室売れたときに、固定費の支払いに回せるお金がいくら残るか、という意味です。
実際に計算してみる(30室の施設の試算)
ここからは具体的な数字で見ていきます。以下はすべて、説明のために設定した仮の数値による試算です。実際の金額は施設ごとに大きく異なりますので、必ずご自身の数字に置き換えてください。
前提とする条件
| 項目 | 金額・数値 |
|---|---|
| 客室数 | 30室 |
| 営業日数 | 30日(月間の総販売可能室数 900室泊) |
| ADR(平均単価) | 12,000円 |
| 変動費:清掃費 | 2,000円/室泊 |
| 変動費:アメニティ・消耗品 | 300円/室泊 |
| 変動費:OTA手数料(単価の10%) | 1,200円/室泊 |
| 変動費 合計 | 3,500円/室泊 |
| 固定費 合計 | 3,000,000円/月 |
固定費の内訳は、人件費180万円、家賃・リース料50万円、水道光熱費40万円、通信・保守費10万円、保険・租税公課10万円、その他10万円としています。
この施設の損益分岐稼働率は39.2%
先ほどの式に当てはめます。
- 限界利益 = 12,000円 - 3,500円 = 8,500円/室泊
- 損益分岐室数 = 3,000,000円 ÷ 8,500円 = 353室泊
- 損益分岐稼働率 = 353室泊 ÷ 900室泊 = 39.2%
この施設は、月に353室泊、稼働率にして39.2%を超えたところから利益が出はじめます。逆に言えば、そこまでは1室売っても手元には何も残りません。
稼働率ごとに利益はどう変わるか
| 稼働率 | 販売室数 | 限界利益の合計 | 固定費を引いた利益 |
|---|---|---|---|
| 40% | 360室泊 | 3,060,000円 | 60,000円 |
| 50% | 450室泊 | 3,825,000円 | 825,000円 |
| 60% | 540室泊 | 4,590,000円 | 1,590,000円 |
| 70% | 630室泊 | 5,355,000円 | 2,355,000円 |
| 80% | 720室泊 | 6,120,000円 | 3,120,000円 |
注目していただきたいのは、稼働率が10ポイント上がるごとに、利益が765,000円ずつ増えていく点です。
損益分岐点を超えたあとは、固定費がすでに回収済みのため、追加で売れた分の限界利益がそのまま利益になります。「あと何室売るか」が、そのまま利益額に直結するということです。
この数字が経営判断を変える
損益分岐稼働率を出す本当の目的は、数字を知ることではありません。日々の判断の基準ができることです。
値下げは、思った以上に売らないと取り返せない
「空室が出そうだから1,000円下げよう」という判断は、現場では日常的に行われています。同じ試算で、ADRを12,000円から11,000円に下げた場合を見てみます。
単価が下がるとOTA手数料も1,100円に下がるため、変動費は3,400円になります。限界利益は8,500円から7,600円へ、900円減ります。
この場合、損益分岐室数は395室泊、損益分岐稼働率は43.9%に上がります。黒字になる境界線が4.7ポイント遠のく計算です。
さらに、値下げ前に稼働率70%で得られていた利益2,355,000円を、値下げ後に同じだけ確保しようとすると、必要な稼働率は78.3%になります。8.3ポイント、室数にして75室泊も多く売らなければ、元の利益に戻りません。
1,000円の値下げは、感覚的には小さな判断に見えます。しかし利益の観点では、8ポイント以上の稼働率アップと引き換えの判断だということです。
単価1,000円のアップは、固定費10万円の削減より効く
逆方向も見てみます。同じ試算で、次の2つを比べます。
| 打ち手 | 損益分岐稼働率 | 改善幅 |
|---|---|---|
| 何もしない | 39.2% | ― |
| ADRを1,000円上げる(13,000円) | 35.6% | 3.6ポイント改善 |
| 固定費を10万円削減する | 38.0% | 1.2ポイント改善 |
単価を1,000円上げるほうが、固定費を毎月10万円削るよりも3倍効いています。
固定費の削減は、多くの場合すでに限界近くまで取り組まれています。一方で単価は、掲載内容や写真、プラン設計、価格の出し方といった打ち手で動かせる余地が残っていることが少なくありません。
需要に応じた価格調整で収益がどう変わるかは、9月の売上が17.2倍になった理由。ダイナミックプライシングが変えた収益の変化でも具体的に取り上げています。
自施設で計算する手順
ここまでの内容を、実際の作業手順に落とします。直近3か月分の資料を手元に用意して、上から順に進めてください。
- 直近3か月の「客室売上」と「販売した延べ室数」を出し、割り算してADRを求める(割引後の実収入で計算する)
- 清掃費・リネン費・アメニティ費の請求書を確認し、1室泊あたりの単価を出す
- OTA各社の精算書から手数料率を確認し、ADR×手数料率で1室泊あたりの手数料を出す
- 上記を合計して「1室泊あたりの変動費」を確定する
- 試算表または月次の損益計算書から、売れても売れなくても発生する費目を拾い、月の固定費を合計する
- ADR -変動費で限界利益を出す
- 固定費 ÷ 限界利益で、必要な販売室数を出す
- 客室数 × 営業日数で総販売可能室数を出し、割り算して損益分岐稼働率を出す
計算が終わったら、直近12か月の実績稼働率を並べて、この線を上回った月と下回った月を色分けしてみてください。「忙しかったのにお金が残らなかった月」の正体が、はっきり見えるはずです。
出したあとにやるべき2つのこと
1つ目は、月別に出し直すことです。固定費はほぼ一定でも、ADRは繁忙期と閑散期で大きく変わります。閑散期は単価が下がるぶん、損益分岐稼働率は上がります。年間平均の1本の線では、閑散期の危険度を見誤ります。
2つ目は、月末を待たずに週次で追いかけることです。「今月はあと何室でこの線を超えるか」が分かれば、値下げして埋めるべきか、単価を守って待つべきかを、その週のうちに判断できます。
数字をもとに施策の効果を検証する具体的な進め方は、OTA売上を2倍にしたデータ分析アプローチ|AKSが使用する3つの分析視点やOTA運用代行の効果測定|「本当に効果があるのか」を数字で判断する方法もあわせてご覧ください。
まとめ
損益分岐稼働率は、ADR・1室泊あたりの変動費・月の固定費という3つの数字だけで求められます。特別な会計知識も、新しいシステムも必要ありません。
この線が決まると、稼働率という数字が「振り返るための実績」から「判断のための基準」に変わります。今月あと何室売る必要があるのかが、その日のうちに分かるようになります。
そして試算が示すとおり、値下げによる集客は想像以上に高くつきます。まず自施設の境界線を知り、そのうえで単価を守る打ち手から検討する。これが、利益を残す施設と残らない施設を分ける最初の分岐点です。
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