「単価を上げたい」という相談は、宿泊施設のオーナーから最も多くいただくものの一つです。
そして、ほぼ必ずこう続きます。
「でも、上げた瞬間に予約が止まったらと思うと踏み切れない」
この不安は正しいものです。実際、値上げをして稼働率を落とし、慌てて元に戻した施設は少なくありません。
ただ、その失敗の多くは「値上げしたこと」が原因ではありません。値上げの前にやるべきことを飛ばしたことが原因です。
本記事では、予約を落とさずに客室単価を上げるための条件と、実際の進め方を解説します。判断に使う数字は3つ、上げ方の選択肢は4つです。
値上げで失敗する施設に共通する3つのこと
値上げだけを単独で実行している
旅行者が予約するとき、価格は単独では見られていません。写真、口コミ、掲載内容、プランの中身と並べて「この金額に見合うか」を判断されます。
つまり、価格だけを動かすと、その他の要素とのつり合いが崩れます。同じページ、同じ写真、同じ説明文のまま金額だけが上がっていれば、割高に見えるのは当然です。
逆に言えば、掲載内容を整えてから上げれば、同じ金額でも受け止められ方は変わります。順番の問題です。
全期間・全プランを一律に上げている
「基本料金を一律5%アップ」という進め方は、最も影響が読めないやり方です。
需要が強い日は上げても埋まりますが、もともと埋まりにくい日は、価格が上がることで完全に選ばれなくなります。全体としては、稼働率の低下だけが目立つ結果になりがちです。
単価は、上げてよい日と、上げてはいけない日があります。ここを分けずに動かすと、効果も原因も分からなくなります。
結果を見る期間が短すぎる
値上げの影響は、その日の予約数には出ません。宿泊日の何週間も前から予約は積み上がっているためです。
変更の翌週に「予約が減った」と判断して元に戻すのは、まだ結果が出ていない段階で結論を出していることになります。最低でも1か月、できれば宿泊実績が出る2〜3か月は見る必要があります。
値上げの前に確認する3つの数字
いずれも既存の予約データから出せます。感覚ではなく、この3つで判断します。
① 満室になった日数
直近1年で、満室または満室に近い状態になった日が何日あったかを数えます。
満室日が多いほど、その日の価格は需要に対して安すぎたことになります。ここが値上げの最有力候補です。逆に満室日がほとんどない施設は、価格ではなく別の要因に手を付けるべき段階です。
② 早く埋まる日の傾向
宿泊日の何日前に埋まったか、曜日別・月別に見ます。
宿泊日の1か月以上前に埋まっている日は、需要が価格を上回っています。この日を放置していると、本来得られたはずの単価を毎回取り逃していることになります。
③ 損益分岐稼働率との差
黒字になる稼働率と、実際の稼働率の差です。差が大きいほど、値上げによる稼働率低下を吸収できる余地があります。
この数字の出し方は損益分岐稼働率の出し方|「何%埋まれば黒字か」を自分の施設の数字で計算するにまとめています。値上げを検討する前に、必ず出しておいてください。
上げ方は4つある
「値上げ」と聞くと定価の変更を思い浮かべますが、選択肢はもっとあります。リスクの小さい順に並べます。
| 方法 | 内容 | リスク | 向いている施設 |
|---|---|---|---|
| ① 割引をやめる | 常時出している割引・クーポンを止める | 小 | 常態化した割引がある施設 |
| ② 上位プランを作る | 既存プランは据え置き、高単価の選択肢を追加する | 小 | 付加価値をつけられる施設 |
| ③ 需要の高い日だけ上げる | 満室日・連休・イベント日を選んで上げる | 中 | 満室日が年に一定数ある施設 |
| ④ 定価を上げる | 基本料金そのものを変更する | 大 | ①〜③を実施済みの施設 |
多くの施設が④から始めようとしますが、順番は逆です。①から順に試すほうが、影響が小さく、効果も測りやすくなります。
特に①は見落とされがちです。かつて集客のために始めた割引が、目的を果たしたあとも惰性で続いているケースは珍しくありません。これを止めるだけで、実質的な単価は上がります。
②も、既存の予約を一切妨げない方法です。高い選択肢が並ぶと、既存プランが相対的に安く見えるという効果もあります。プラン設計の考え方は宿泊業における“価格心理学”:値下げせずに予約率を上げるプラン設計術もあわせてご覧ください。
実際の進め方
ここまでを、実行手順に落とします。半年かけて段階的に進める前提です。
- 掲載内容を先に整える 写真、施設紹介文、プラン説明を見直す。価格を動かすのはこの後
- 3つの数字を出す 満室日数、早く埋まる日の傾向、損益分岐稼働率との差
- 常時割引を棚卸しする 目的を果たした割引を止める(方法①)
- 上位プランを1本追加する 既存プランは触らない(方法②)
- 2か月様子を見る 稼働率とADRの両方を確認する
- 需要の高い日を選んで上げる 満室になっていた日から着手する(方法③)
- さらに2か月見てから、定価を検討する ここまでの結果を踏まえて判断する(方法④)
1番目を飛ばさないでください。ここを整えずに価格だけ上げると、割高に見えて予約が落ちます。逆にここが整っていれば、値上げ後も選ばれ続けます。
また、3番目と4番目は同じ月に実施して構いません。どちらも既存の予約導線を妨げないためです。
上げたあとに見る数字
値上げの成否は、稼働率だけでは判断できません。次の3つを並べて見てください。
| 指標 | 見方 |
|---|---|
| ADR(平均単価) | 狙いどおり上がったか |
| 稼働率 | どれだけ落ちたか |
| RevPAR(ADR×稼働率) | ここが上がっていれば成功 |
判断の基準はRevPARです。稼働率が5ポイント落ちても、単価が10%上がっていれば、売上は増えています。
さらに言えば、稼働率が下がったぶん、清掃費やアメニティなどの変動費も減っています。利益で見ると、稼働率の低下は売上の低下ほど痛くありません。
「稼働率が落ちた=失敗」と反射的に判断してしまうと、成功している値上げを自ら取り消すことになります。
「稼働率が何ポイント落ちるまで許容できるか」を先に出す
値上げに踏み切れない最大の理由は、どこまで落ちたら失敗なのかが分からないことです。これは事前に計算できます。
以下は説明のために条件を置いた試算です。実際の数値はご自身のものに置き換えてください。
| 前提 | 値 |
|---|---|
| 客室数・営業日数 | 30室 × 30日(月間900室泊) |
| 現在のADR | 12,000円 |
| 1室泊あたりの変動費 | 3,500円(清掃2,000+消耗品300+OTA手数料1,200) |
| 現在の稼働率 | 70%(630室泊) |
| 月の固定費 | 3,000,000円 |
現状では、1室あたり8,500円が手元に残ります。630室泊で5,355,000円、固定費を引いた利益は2,355,000円です。
ここで5%値上げして、ADRを12,600円にしたとします。OTA手数料も1,260円に増えるため、1室あたりに残るのは9,040円になります。
値上げ前と同じ利益を確保するには、9,040円 × 何室泊 = 5,355,000円 を満たせばよいので、必要なのは593室泊。稼働率にすると65.8%です。
つまりこの施設は、稼働率が4.2ポイント落ちるところまでは、値上げしたほうが得という計算になります。
稼働率ごとに、いくら変わるか
| 値上げ後の稼働率 | 販売室数 | 利益 | 値上げ前との差 |
|---|---|---|---|
| 70%(変わらず) | 630室泊 | 2,695,200円 | +340,200円 |
| 67%(3ポイント減) | 603室泊 | 2,451,120円 | +96,120円 |
| 65.8%(分岐点) | 593室泊 | 2,360,720円 | ほぼ同じ |
| 65%(5ポイント減) | 585室泊 | 2,288,400円 | ▲66,600円 |
この表があると、判断が具体的になります。「値上げしたら予約が減るかもしれない」ではなく、「4ポイント以上減らなければ得」という基準で見られるからです。
そして実務上、掲載内容を整えたうえで5%上げて、稼働率が4ポイント以上落ちるケースはそう多くありません。
RevPARで見ると、判断が厳しくなりすぎる
先ほどRevPARで判断すると書きましたが、補足があります。
同じ条件をRevPARで見ると、値上げ前は8,400円(12,000×70%)。値上げ後にこれを維持するには66.7%の稼働率が必要で、許容できる低下は3.3ポイントになります。
先ほどの利益ベースでは4.2ポイントでした。RevPARのほうが、判断が0.9ポイントぶん厳しく出ます。
理由は単純で、RevPARは売上の指標であり、変動費を考慮していないためです。部屋が売れなければ清掃費もアメニティ費もOTA手数料も発生しません。
日々の比較にはRevPARが便利です。ただし値上げの成否を最終判断するときは、変動費を引いた利益ベースで見てください。RevPARだけで判断すると、実際には成功している値上げを取り消してしまうことがあります。
やってはいけない値上げ
- すでに入っている予約の金額を変える 信頼を失います。値上げは新規予約からです
- 繁忙期の直前に大幅に上げる すでに他施設と比較された後です。3か月前までに反映します
- OTAごとにばらばらに上げる 比較されたときに不信感につながります
- 閑散期に上げる もともと選ばれにくい時期です。ここは単価より稼働が優先です
- 理由を作らずに上げる 設備、サービス、プラン内容のどれかを同時に良くしておきます
最後の項目が、実は最も効きます。何かを良くしたうえで上げるのと、何も変えずに上げるのとでは、同じ金額でも受け止められ方が違います。
まとめ
値上げで予約が落ちるのは、値上げそのものが原因ではなく、順番を飛ばしたことが原因です。掲載内容を整えてから、リスクの小さい方法から段階的に進めます。
判断に使う数字は、満室日数、早く埋まる日の傾向、損益分岐稼働率との差の3つ。上げ方は、割引をやめる・上位プランを作る・需要の高い日だけ上げる・定価を上げる、の4段階です。
そして結果はRevPARで見ます。まずは直近1年の満室日数を数えるところから始めてください。その日数が、値上げできる余地の大きさを表しています。
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